天津 翔の写メ日記

2026年02月11日 21時00分
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ここに辿り着くまでの僕
さて。驚いた方や『やったな?』と思われた方はいらっしゃるのではないでしょうか。
まさか、同じ日の同じ時間にアンモモ、アルティザンランクセラピストが揃って日記を出すなんて、そうそう無い事ですから。
それもそのはず。皆と意見を酌み交わし、水面下で約束していた決め事だったので。
軽くインパクトを残した余韻に、僕の日記でも読んでいって下さい。
テーマは『ここに辿り着くまでの僕』。
恐らく、似たような内容の日記を数回、もしかしたら5個以上は書いてる様な気がする。
それもそのはず。セラピストとしての何月を重ねる毎に、僕の中で定期的に自分のこれまでの奇跡と、これまで自分に蓄えた物を再確認したくなる時期が来るんですよ。
それが今日、また起こった。
それも、僕だけじゃ無い現アルティザンセラピスト達のリアルな心情が重なった。
良い機会でしょう。
こう成るまでに僕がどう自分の人生と死合って来たのか、掻い摘んでですが、少しお披露目します。
僕がセラピストを始めたきっかけは、元々考えていたカナダ留学の計画が頓挫したから。
当時は留学期間を一年設けて、準備や資金を未来に向けて注ぎ込んでいました。
それが出発3日前の深夜。世間を襲ったパンデミックにより、全ての労が水泡に帰す事に。支払ったお金は半分しか返って来ませんでした。日本から出ても居ないのに。
カナダはウイルスの感染経路を断つ為、一時的な入国禁止状態に入ったのです。
海外での生活に胸躍らせていた僕は、いつも自室のテーブルの上に置いていたパスポートを棚の奥底にしまいながら、どうしようもない絶望と共に実家の自室で塞ぎ込む毎日が始まりました。
そんな昼も夜もわからない生活が続いたある日、何かのきっかけで''女性用風俗''と言う世界を知ります。
『もう自分の願う人生は送れないだろうから、どうせなら自分が少しでも興味のある事は全部やる。批判や世間の目はなるべく気にせず、後悔しないように。』
そう思った僕は、気付けば山上潤オーナーと面接を交わし、トントン拍子にセラピストデビューを果たしたのです。
僕の時代は研修生期間が2予約分のみ。
120分施術無料のモニターを2回こなして、シルバーランクへと以降するスタイルでした。
今でも、当時僕のモニター施術に応募下さった2人のお客様の事は良く覚えています。
どこのホテルに向かったのか。どう言う経緯で僕へと辿り着いたのか。
きっと、そのお二方が僕にとっての''女性用風俗のお客様像''を象ってくれたのでしょうね。
きっと、その日にもしも嫌な思いをしていれば、僕は今この場にいないでしょう。
そうして、デビューを終えた熱も冷めないままに、僕はセラピストとして半年目を迎える事になります。
そこで僕ははっきりと自覚しました。
『あ。今のこの仕事楽しい。もっと色んな方に出会いたい。もっと色んな方の人生に関わりたい。もっと良い男になって、自分に関わってくれる方全員の背中に片手を添えるくらいは絶対にしたい』
当初はこの業界も3ヶ月で辞めるつもりでした。
入店の時にも、オーナーにそう伝えました。ですが彼は快く受け入れてくれた。
当時21歳で人生に絶望し、我が道を行くワガママな僕を諭す様に受け入れてくれた。
一生頭が上がりませんね。これだけはほんと。
そんな僕が仕事に向けての意思を改革した半年目。
そこから更に年月は進み、様々なセラピストの入退店、お客様との別れや出会い、お店のシステムや規模の拡大を近くで見て来ました。
とても一つの日記で書き切れる内容ではありません。
余談ですが、いつか、僕はこのセラピストとしての人生を文字にしたいと目論んで居ます。
またいつか、本屋にフラッと寄った際に僕らしい文章があれば出会えるかもしれませんね。
次に大きな出来事は今から約2年前になるかな?
一度セラピストとして、僕は失踪しています。
1ヶ月間の間、誰に何の連絡もせずに仕事を放棄していたという事です。
社会不適合者。これにつきますね。
この事件が起こるまで、自分はそうでは無いと言い聞かせていた所があるのですが、どうやらそうだったみたいです。
あの当時ご迷惑をおかけした皆様方、そんな僕を優しく見守り、それでも僕に手を差し伸べようとしてくれた方々、今はもう僕の事なんて興味が無い人も居るかもしれないし、見てもいないかもしれないけれど、ここでまた改めて言わせて下さい。
本当にごめんなさい。そして、心の底からありがとう。
僕が復帰してここまでこれたのは、間違いなくあの時のボロボロの僕を受け入れてくれた人々が居たから。
その中でもやはり一番の感謝は山上潤君。オーナーですね。
面と向かって言うのは恥ずかしくなってしまうくらいの年月を共に過ごしたけれど、やはり僕が一番感謝し続けているのは潤君です。これは変わらない。
生意気でワガママな僕を拾ってこの業界に入れて貰い、それを裏切った僕を変わらず『良かった。心配やったよ。落ち着いたらご飯行こっか。』と誘ってくれた。
彼が居なければ今の僕は居ないし、僕の20代の人格形成に深く関わる人物でもあります。
憧れと尊敬と畏怖と親しみ。全ての感情を持ち合わせてる。
さて。
そんなこんなで面の皮が厚い僕は復帰を果たす事になるのですが、そこから更に''アルティザン昇格試験''(当時はプラチナ試験)を受け、無事合格。
その後他の方も続々と試験を制覇し、今ではアルティザンランクと区分される5人が揃う事になります。
ここのお話も、一つだけで日記に出来そうな程濃い記憶があります。
試験の相談に乗った事もあるし、本気で意見を酌み交わして喧嘩した事もある。
ここも割愛させて頂きますが、見たいと言うコメントが多ければ、またいつか書こうかな。
うん。かなりざっくりと書き出してみました。
天津 翔のセラピスト生。
正直10分の1くらいしか伝えきれていません。
全部伝えるには、マジでハリーポッター原作一冊分はイケる。恐らく。
今の自分に言える事は、自分は決して特別な人間でも何かに秀でている人間でも無いという事です。
そう人に思って欲しくて足掻いて、もがいて、泥臭く自分を象っているんです。
器用に出来ないなりに、不器用にぶつけてみているんです。
そんな僕を観てくれている人には、何かが伝わっているんだと信じて。
そんな僕に価値を感じて、会いに来て下さる方々全員に恥をかかせない様に。
責任と信頼と言う入れ墨を五臓六腑に彫って、日進月歩して行くんです。
こんか熱苦しい事言ってるけれど、街中でワンコを見つけたらすぐニヤニヤしてしまって飼い主さんに笑われている様な男です。ポケモンカードを、まるで宝物の様にワクワクしながら開けてしまう様な僕です。夜中に久石譲さんの名曲の数々を聴いて泣いてしまう様な男です。
キャスでは多分おちゃらけているでしょう。
そんな僕なんです。
そんな僕でいいかなって。
だから、少しでも僕に興味を持ってくれた方はアルティザンキャス是非見てね。
2/14(土)22:00から。
長い文章見て疲れたよね。
ゆっくりチョコでも食べて休んでね。
ここまで読んでくれてありがとう。
PS.
次回はTwitterのアカウントが4回目の凍結をこなした件について、怨嗟渦巻く心情等を吐露しようかな。
冗談です。
ほんと。冗談であれよ。
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【Lit.Link】
天津 翔について様々な記事を纏めています。
【アンモモンプートア公式サイト】
【天津 翔個人PV】